退役(リタイヤ)後の
わたしのくらしぶりを報告します

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 のイラストは、「方丈記」に記された方丈、すなわち四畳半の草庵での生活を中西立太氏が描いたものを借用
定点観測「うちの庭」

76歳!  2016年9月29日からの私 



2017年1月1日
  年末・年始のごあいさつ


 憲法違反の安保法制の廃止もならず、閣議決定で南スーダン派遣の自衛隊への戦争
任務付与を閣議で決めた政権を打倒することもならず、戦後71年の年を迎えてしま
ったこと。今「喜寿」を迎える彰には、焦燥感さえ伴なう事態です。去る大戦で満州
に散った若き父の命を引き継ぎ「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」し
てきた戦後の人生のすべてを否定されたままで済ますわけには行きません。
いま、トランプやプーチンに縋りつき、カジノにまでしがみつく政権の側の焦燥感
を見落とさず、孫子とともに本当に祝える年を切り拓くこと。これが今年の年始のあ
いさつです。みなさまのご健勝をこころから祈ります。


75歳!  2015年9月29日からの私 

 今日「光輝高麗者」となって、思えば遠くへ来たものだとの感慨と、ここまでたどり着けなかった多くの同僚・友人たちへの思いに打たれています。わが祖国ニッポンの民主主義は危機に瀕していますが、これを跳ね返さずには収まらないという思いを新たにしています。          <9月29日・記>



2016年1月1日
  年末・年始のごあいさつ


 日ごろのご厚誼とご指導に感謝し、新しい年が、人間復興、民主主義と世界平和の
実現への一歩となることを念じつつ、年始のごあいさつを申しあげます。
しかしながらこの年始は、戦後70年の間、国民も政府も決して認めなかった「集
団的自衛権」の発動を可能とする法律が制定されて最初の年始。「おめでとう」などと
言っていられない事態です。今年を、「平和安全法」とは名ばかりの「戦争法」を廃止
し、孫子とともに本当に祝える年にすること。これが今年の年始のあいさつです。
みなさまのご健勝をこころから祈ります。


74歳!  2014年9月29日からの私 

 

 <10月23日・記> 10月20日19時10分、母が息をひきとりました。医療生協の運営委員会の途中で施設から呼び出され、呼吸困難になっている母のもとへ駆けつけたのが15時半、16時に到着した救急車で酸素吸入をほどこしてもらって小康状態に。16時50分に病院に付き、レントゲン、CTを撮り、入院の病室をいただいて、その手続きについて看護士さんと打ち合わせをし、「じゃあぼくはいったん帰るからね」と本人にあいさつした時は、安らかな寝顔から命が消えていました。享年97歳。今日から明日、親戚・家族中心の葬儀を営みます。                      



2015年1月1日
  年末・年始のごあいさつ

73歳!  2013年9月29日からの私 



2014年1月1日
  年末・年始のごあいさつ
 昨年末、12月20日に妻の母が他界しました。1922年6月17日生まれ、44年から48年には兵役とシベリア抑留に取られた夫の留守を引き受けて5人の子を育て、引き揚げてきた夫とともに農業に従事。97年に夫が先立ってから17年近くを黙々と生き抜いた穏やかな人でした。享年91歳、昼に突然、低体温となって入院し、見舞いの家族たちとあいさつを交わし、その夜に逝くという、潔い最期でした。
 例年も私は「年賀状」ということではなく、同時代の諸問題に挑んでおられるみなさまへの、日ごろのご厚誼とご指導への感謝、熱い友情と連帯の思いをこめて「年末・年始のごあいさつ」を申しあげてきましたが、上記の事情によってこの春は服喪中のため、質実ともに「年賀状」ではなく「年末・年始のごあいさつ」であることをご了解ください。末尾の<追記>にもご一瞥をお願いいたします。
 またこの間、ご家族のご逝去などにより服喪中とのお知らせをいただいた方には、故人への感謝と追悼、そのご冥福と遺されたご家族のご安寧を祈る気持ちをこめてごあいさつさせていただくものです。
    <年末。年始にあたっての思い>
 東日本大震災・福島原発事故から3年目の春を迎えて、事故の収束も、被災地の復旧・復興も、いまだしという状況が相変わらず続いています。ところがこの国の政治は、原発の再稼働やら輸出やら、集団的自衛権の合法化やら秘密保護法による国民支配やら、首相の靖国神社参拝の強行やら、きな臭い道を暴走しつつあります。
 その暴走を支えるために、13年末からの年金の引き下げ、今春からの消費税の増税、日本の農業・医療・労働・産業を生贄にするTPP推進、沖縄・辺野古への新基地建設など、国民生活を隅なく犠牲にする無慈悲な施策のゴリ押しが、重大な困難と閉塞感を日本列島に蔓延させています。
 しかし13年は、これらの流れに待ったをかける国民の側の反撃が大きく前進した画期的な年だったことに着目しましょう。原発ゼロ・TPP阻止・秘密保護法廃案・改憲阻止などの国民的な共同闘争が大きく広がり、これに怖れをなした為政者が「デモはテロ」との暴言を吐くまで追い詰めました。自民党政治の対極で長年にわたって辛酸をなめてきた共産党が「二大政党制」や「小選挙区制」の詐術を乗り越えて東京都議選・参議院選挙で久びさの躍進を果たしました。史上最高の得票と五輪招致の陰で金権・腐敗にまみれてきた猪瀬都知事をわずか1年で辞任に追い込みました。
 この重大なせめぎあいを象徴するように、14年の春は、名護市長選と東京都知事選で明けます。
 かけがえのないいのちと緑の地球を守り、人類の歴史を未来に繋いでいくのかどうかという重く厳しい問いかけを高く掲げて、いまこそ人間の歴史を拓くたたかいを、みんなのちからで繰り広げたいと、新たな気持ちで念願しています。これまでにましてお世話になると思いますが、よろしくお願いします。

72歳!  2012年9月29日からの私 



2013年1月1日
  年末・年始のごあいさつ

71歳!  2011年9月29日からの私 



2012年1月1日
  年末・年始のごあいさつ

70歳(古稀)! 2010年9月29日からの私 



2011年1月1日
  新年のごあいさつ
2011年新年

69歳! 2009年9月29日からの私 



2010年1月1日
  新年のごあいさつ

68歳! 2008年9月29日からの私 


鈴木家寝坊助 大奮闘?
2009年1月18日 撮影は畏友 森川橿弘氏

  国領・染地「2009年新春のつどい」実行委員会のみなさんのお招きで、ふたたび「やかん」を演じました。

池田澄子「あさがや草紙」 お奨めします
  「あさがや草紙」。時にはしみじみと、時には笑いをこらえて、また時には「へえー!」と驚いたり感心したりしながら読みおえました。この本、表紙の美しさはたぐいまれです。

 考えてみたら、俳人となって久しいわが姉のお言葉は、いつも短く、意味深長で、こちらは憶測で判断するクセがついていました。こんなに多弁な姉に出会ったのは何十年ぶり? いや弟としては初めてかも知れません。

 軽薄に多弁を弄して生きてきた愚弟としては、わが身をはじるやら、姉の多弁が嬉しいやら、ともに歩んだ少年少女時代がいとおしいやら・・・
  若妻と3人の幼子を残して34歳で大陸に果てた父と、その後の苦楽をともにして80歳で逝った父、・・・ぼくらがそれぞれに、この2人の父への想いを抱きしめながら織り上げてきた人間への愛と平和への希いが、この書を通して、静かに響きあったことにぼくは感動しています。この姉を誇りに思います。
角川書店のサイトのキャッチコピー
つい、うかうかと本当のことを書いてしまって、身の置き所をなくしている……
  ――注目の俳人、初のエッセイ集
 軽みの中に人間味のある温かさと、時に風刺の効いた口語文体で独自の俳句世界を開拓している著者初めての俳句エッセイ集。 父や師の三橋敏雄のこと、詩や文学、好きな季節や植物など、澄子俳句の源流が垣間見える。
発売日:2008年 08月 26日
定価(税込): 1800円
四六判
ISBN 978-4-04-621197-2-C0095
発行元:角川学芸出版
角川書店の関連サイト 

2009年1月1日  新年のごあいさつ
親愛なるみなさま

新年のごあいさつを

遠慮させていただきました

 昨年8月20日に、弘美の姉、春代が永眠しました。2004年7月に倒れてから満4年、意識を取り戻さないまま66歳での逝去でした。家庭と仕事を愛し、気風の良いさわやかな人生を着実に築いていた優しく頼もしい姉でした。締めくくりの時期に自身で関与できなかった彼女の悔しさを思わずにいられません。しかし、遺された者には、それぞれの人生を誠実に生きることでしか逝った者を供養できません。そんな思いも籠めて、いま激動する世界に生命の尊厳を謳い恒久平和を希求する日本国憲法を輝かせようと、元気に過ごしています。

 寒さの折、くれぐれもご自愛ください。

本年がみなさまにとって

良い年でありますように

 2009年1月

 鈴木 彰弘美

E-mail suzu@mint.ocn.ne.jp HP: http://www11.ocn.ne.jp/~suzu/


 <お詫び> 年賀状をいただいた方にもメールで挨拶させていただきました。

       非礼をお詫びしつつ、今後のご挨拶も、メールで行なわせていた

       だけますよう、お願いいたします。


67歳! 2007年9月29日からの私 

2008年1月1日  新年のごあいさつ

66歳! 2006年9月29日からの私 

2007年1月1日  新年のごあいさつ

鈴木家寝坊助 誕生
2006年11月16日 調布「憲法ひろば」2周年集会

65歳! 2005年9月29日からの私 
池田龍夫氏・岩倉博氏の著書を推薦・紹介します

<右>
異評・司馬遼太郎
  今日の「しんぶん赤旗」に畏友、岩倉博さんの新著「異評・司馬遼太郎」の広告がでました。私はずいぶん以前から、彼の司馬評の愛読者で、その偉業が本になることに期待をしてきました。ここにご紹介がてら、喜びを表明しておきたいと思います。
 早乙女勝元さんの「小説・東京大空襲」も目を引きますね。


<左>
崖っぷちの新聞
 昨年11月、敬愛する義兄、池田龍夫が「崖っぷちの新聞・・・・ジャーナリズムの原点を問う」を世に出しました。政治・経済・社会の諸問題について新聞はどう取り上げたか?各紙を読み較べながらジャーナリズムの原点問いかける説得力満点の快著です。

2006年1月1日  新年のごあいさつ
2005年10月20日 津軽保健生協のスクーリングで講師をつとめました
 「憲法と医療生協」・・・・たっぷりと時間をいただいたのに、話してみると思うように行かないところも多々ありました。実は、このテーマで正面からお話させていただいたのは初めてでしたので、話しながら、レジメのムリやムダも発見して冷汗も流しました。
 総務課長の小田桐さんからは、温かい感想メールをいただきました。ホテルまで送ってくださった理事の柴田さんには、教組時代のご活躍や生協教育委員会でのご奮闘について色いろ聞かせていただきました。
 副理事長の三浦さんからいただいた「医療を民衆の手に、50年のときを超えて」と「記念事業アルバム」はホテルと帰りの飛行機の中で一気に読ませていただきました。「医療を民衆の手に・・・・津軽保健生協のたたかい」は、私が生協労連の専従になった年(1969年)に民衆社という出版社から発行された本です。生協労連が同じ出版社から「生協労働者と今日の生協運動」という本を発行したのが殆ど同時だったと言う因縁もあり、非常に懐かしい本です。それだけではなく、結成間もない生協労連の路線を確立しようとする時期に、私は「医療を民衆の手に」を強い共感と感動を持って繰り返し読みましたし、いまでも私の書庫にたいせつに持っています。「50年のときを超えて」を拝読し、亡き津川武一さんをしみじみと偲ぶとともに、津軽保健生協の歴史の重さと今日のご発展を心から嬉しく味わせていただきました。
 
戸木田嘉久先生から新しい著書をいただきました
 生協労働者の「2つの使命」をめぐる提起に感動! 世が世ならば私が書きたかったことです。すべての生協労働者にぜひ読んでいただきたいと思います。
日生協福祉推進協議会主催
第13回日生協ライフビジョンセミナー(箱根会場)で基調講演
10 月6〜7日、於:箱根「湯本富士屋ホテル」
2005年9月29日の私 
 夜更けてから、妻と娘が誕生日を祝ってくれた。待ちくたびれて居眠りをしているようなポーズだが・・・
2005年9月29日 戸木田 嘉久先生に感謝
生協で働くすべてのなかまに
ぜひ読んで欲しい労作に遭遇
 わが国の生協運動の再生の道は何か? そこで果たすべき生協職員の役割は何か? 21世紀、生協運動の原点を説き起こし、議論を呼びかける新著に巡り会いました。本当ならば、私が言うべきこと、言いたかったことが、ここには敢然と述べられています。1人でも多くのなかまに、ぜひ読んで欲しい労作です。

64歳! 2004年9月29日からの私
  2005年7月15日
日生協医療部会の全国統一行動にはじめて参加  2005年2月18日
 昨年12月10日に結成した北多摩中央医療生協・調布支部の一員として参加。隣は同支部の組合員でもある都議候補の田中とも子さん。右端は北多摩中央医療生協の大鳥常務。
2005年1月1日 憲法の生きる時代をもとめて 新年のごあいさつ

10月22日 酒井謙彌さん(全日自労/建交労)とのお別れの会

10月13〜15日 全労連顧問・四役会議 於:大町温泉

欅平に立つ

前夜に雪が降った乗鞍岳をバックに
紅葉と雪が織り成す稀有な絶景!
彼らの行くところには何故か
このような注意書きがあった


黒部ダムの放水に立つ虹!
日生協福祉推進協議会主催
ふたたびライフビジョンセミナー
10月8日、於:福岡

 ここでも懐かしいなかまたちと再会できました。
 
2004年10月9日
郷田くんを偲んで
エフコープのなかまとともに
生協労連のOBと現役も集う

日生協福祉推進協議会主催
ライフビジョンセミナーで基調講演
9月30日、於:京都

 64歳の誕生日は台風21号の直撃を受けた。
 セミナーに備えて前日に京都入り。久しく会うことの叶わなかった生協パート懇創設・推進の同志Mさんとの再会を果たした。
 30日当日は、ライフビジョンセミナーでの講師というのは初めての経験なので、少し緊張してこれにのぞんだが、参加者の中に2人の旧知を発見。こうべのSさん、京都のNさん。その再会のよろこびですっかり緊張を解かれてしまった。生協労連で長い間勤め上げたことへの暖かいお返しが、いまわが身をつつむことを感じた。ありがたいことだ。

63歳! 2003年9月29日からの私
生協労連第37回定期大会で「記念講演」
 2004年9月17日、東京・江東区の「タイム24」で開催された大会での記念講演は持ち時間30分。テーマは「平和とよりよいくらしのために・・・・守りぬこう憲法九条」。
第18回日本高齢者大会に出席

 2004年9月15〜16日、千葉ポートアリーナと千葉市内公共施設を会場に開催された「第18回日本高齢者大会」に出席しました。
 2001年9月15日に大阪で開催された第15回大会には、全労連副議長としてあいさつ参加をしましたが、今回は年金者組合のメンバーとしての初めての参加。全労連西川副議長のあいさつを聞きながら感慨無量でした。
 この会場で色んな人と再会しましたが、写真はわが敬愛する先輩サトケン。嬉しかったのでカメラが震えてしまいました。

 2日目に私は、第15分科会「どうなっているこの世の中」の助言者を務めました

2004年9月3日 生協労連パート部会の記念座談会に出席
来年、(1)パート部会結成25周年、(2)生協労連パート中執誕生20周年、(3)パート部会再開10周年を迎えます
2004年8月28〜29日 生協労連東海地連第20回定期大会で記念講演
写真は大会で選出された新年度の役員たち
2004年1月1日 つつしんで新年のごあいさつ  
2003年12月26日 国会前で

人生は62歳から? 2002年7月からの私
2002年7月:全国労働組合総連合(全労連)副議長
        の任期終了、同顧問に就任

     9月:「調布に生協診療所をつくる会」の世
        話人に就任

     9月:全国生協労働組合連合会(生協労連
        特別執行委員の任期終了

        62歳の誕生日を迎える(9月29日)

    10月:全日本年金者組合(年金者組合)調布
        支部に加入

   
12月:専修学校「Webアドミニストレータ科」を
        受講
・・・
一緒に受講した楽しい仲間たち
         を別頁
Webアド教室の仲間たち)
         
紹介します。

2003
年2月:同校修了(28日)を記念して当ホーム
        ページ 「草の庵」をアップ


     6月:年金者組合調布支部の定期総会で
        執行委員に選出されてしまう
(冷汗!)

     7月:「労働運動」誌8月号に「パート労働
        問題」を執筆
(右がその表紙)
         
布間さん、奥野さん、北村さんなど
          生協労連の旧友たちが執筆を分
          担してるのも奇遇。
          
ぜひご一読くだされ。

     8月:お盆を埼玉県本庄で過ごして
         亡き義父(家内の父)が壁に残した
          新潟八海山の手拭にふと心引か
          れてしまった(上の写真)。
          歳かいな?

     
 

このまちに移り住んで30余年、最近こんな風景があることに気づきました