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2020年4月~最新分

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(199) 感染も汚染も海に流したい?
「多摩の年輪」372号(2021年04月)

 4月9日、菅総理は「緊急宣言にいたらないように、罰則の適用もできる措置」と称して「まん延防止重点措置」を発動した。コロナ禍が1年以上続き、初の「緊急事態宣言」から1年経っているのに、大規模検査の実施、陽性判明後に生活や仕事に支障が出る不安を払拭させる十分な生活・営業・人員補償、コロナ専用病院の設置、医療機関への減収補償、病床確保のために回復期の患者を転院させるなどの病院間の連携強化等、政府がやるべきことは何ひとつ実現していないというのに、「国民の気の緩み」「自粛疲れ」などに責任を押し付け、「罰則と見回り」という監視強化でしのごうというわけだ。同日政府は、東京電力福島第一原発で発生した汚染水を浄化処理した後の放射性物質トリチウムを含む水を海へ放出処分する方針を固めた。事故から10年、原発再稼働・推進に固執して放射性汚染水を垂れ流しのままで海に流そうというわけだ。コロナ対策は後手後手小出し、右往左往で感染拡大。GoToトラベル・病院潰し・医療窓口2倍負担による景気対策。デジタル庁・こども庁で縦割り行政打破と言いつつ政権への権力集中。加えて汚染水の海洋投棄は原発推進・オリンピックごり押し・国威発揚を狙うもの。菅政権は、国民のいのちと暮らしを守ることでは無責任・無為無策のまま、軍事拡大・原発推進・憲法改悪に突き進んでいるが、これは自らの政権の終末を予感しているからに違いない。菅総理に「恐れてたら何もできない」とハッパをかける二階自民幹事長などは、自分が何を言っているのか分からなくなっているとしか思えない。汚染水の海洋投棄などを言い出したのは、失政の何もかもを「水に流したい」という心理が表面に出てきたものなのだろう。  翌10日に、白血病から復帰した池江璃花子さんが競泳日本選手権大会・女子50メートル自由形決勝で優勝し大会4冠を果たした。「自分がつらくてしんどくても、努力は必ず報われるんだなって思いました」と語った青年の思いは、ウソとごまかしに怒り、隠蔽と改竄に飽き、コロナ禍で必死に生きている私たちの胸に熱く響いた。
 

  (198) コロナなど上の空なり大接待
「多摩の年輪」371号(2021年03月)

 安倍政権の7年8か月は、森友学園との交渉に関する決裁文書の改竄、1年間存在が伏せられていた自衛隊イラク派遣時の日報、加計学園をめぐる「首相案件」というメモ、桜を見る会の領収書などの疑惑もみ消し、河井選挙買収、黒川検事長、国民置き去りで後手後手のコロナ対策など、政治の「私物化」と退廃のオンパレードだった。省庁の人事権を内閣人事局に集めて「官邸主導の強権政治」のもとで、官僚による官邸への「忖度」が常態化し官僚機構の権威も地に落とされた。これを継承した菅政権は、深刻化する「コロナ対策」には上の空で、総務省・外務省・農林水産省の幹部らが国家公務員倫理法に違反する利害関係者からの接待を繰り返し受けている事実のもみ消しに追われている。農水省は贈収賄事件で在宅起訴された吉川貴盛元農水相と鶏卵生産会社「アキタフーズ」の前代表の会食に同席していた事務次官ら6人を処分。元総務相だった菅首相の強い影響力のある総務省は13人の幹部が5年も前から菅首相の長男が勤める衛星放送関連会社「東北新社」幹部らと延べ39回も会食(内21回は首相長男が同席)し、飲食代、手土産、タクシー券を受け取っていたとして、「断らない女」を名乗る山田真貴子内閣広報官を辞職させ、菅IT戦略の懐刀=「ミスター携帯」と異名をとる谷脇康彦総務審議官ら11人を処分した。菅首相は「長男とは別人格」とシラを切ったが、その後、谷脇総務審議官が巻口英司国際戦略局長や外務省の金杉憲治審議官らとともにNTTの澤田純社長とも会食を繰り返していたことが判明し、これらの接待が、菅首相の目玉政策=IT戦略・放送通信改革の推進にからむ官僚たちの「忖度」を利用した贈収賄だったことがごまかせなくなった。わが身と政権を守るためには、長男だろうと懐(ふところ)刀だろうと切り捨てざるを得ない。累々たる使い捨ての山の向こうに、やがて「アベ・スガノミクス」の残骸も横たわるのだろうが・・・。描いているうちに、「ただ酒」を呑んだ揚句に使い捨てられた官僚たちの悲哀を感じてしまう今月であった。

(197) わきまえぬこの人たちに明日はない
「多摩の年輪」370号(2021年02月)

   東京オリ・パラ組織委員会の森喜朗会長が2月12日、女性蔑視の発言への内外の批判に追い込まれて会長を辞任した。「#わきまえない女たち」の抗議行動、ボランティアや聖火リレーのランナーたちの抗議の辞退。オリンピックのスポンサー会社の製品不買運動、スポンサー会社70社の中で36社が「森会長の発言は容認できない」とアンケートに答え、朝日新聞、毎日新聞も社説で批判した。一旦は不問に付す発言をしたIOC(国際オリンピック委員会)のバッハ会長も、世界の流れを見て「完全に不適切」と断罪した。完全に追いつめられた辞任なのに森氏は、次の会長を自分で選ぼうとしたり、組織委の臨時会合で「不適切な発言が原因で混乱をきたし、申し訳ない」と謝罪したのに、女性蔑視について「解釈の仕方でそういう意図じゃない」「多少意図的な報道があった」「誰かが老害と言ったが、老人が悪いと表現されるのは極めて不愉快」などと語ったりした。菅首相も森会長発言は「不適切」としつつ辞任を求めず、二階自民党幹事長もボランティア辞任の動きには「また募集すればよい」、世の中の批判も「瞬間的なもの」と言って森氏をかばった。これらによって彼らは、批判された女性差別を自覚も反省もしない、まったくわきまえていない自らの姿を天下に知らせた。今月は彼らの黄昏への予感を描いてみた。
 

  (196) ガースーと媚びても消せぬゴーツー罪
「多摩の年輪」369号(2021年01月)

 2021年は新型コロナウイルスの感染拡大「第3波」の中で明けた。コロナ禍で身に着けた「自粛はしても萎縮はしない」の合言葉を当分のあいだ手放さず、したたかに歩むとしよう。昨年7月に安倍首相が開始した観光支援事業「GoToトラベル」は、コロナ禍で全戸に配布したアベノマスクと1人10万円の定額給付金を取り戻そうと、感染対策を度外視して「経済を回すことを最優先する景気対策」だった。9月の総裁選で「政策に反対する官僚は異動してもらう」とまで言ってアベノミクスの継承を掲げた菅首相は、この「ゴーツー」を、秋以降の「第3波」到来後も推進し続けた。感染の広がりは国民の責任だと言わんばかりに「5人以上の会食を控えよう」と国民に呼びかけたかと思うと、その数日後には8人での「ステーキパーティ」に興じる。のらりくらりと「ゴーツー」の時間を稼ぎ、崩壊に瀕している医療とケアを放置し、いのちと暮らしを見殺しにしてきたうえで、ついに2回目の「緊急事態宣言」を発せざるをえない事態を招いた。その「宣言」もまた、自ら破壊してきた医療とケア、いのちと暮らしを補償するものではなく、罰則付きの「飲み会禁止令」でしかない。12月11日に出演したインターネット番組で「こんにちはガースーです」と緊張感のないあいさつで若者に媚びたが、今も景気対策優先に固執する「ゴーツー罪」はどんなに媚びても消えるものではない。都議選と総選挙が必ず行われる年を迎えて「菅政権の罪を許さない」との思いを描いてみた。

(195) そこそこの期待にスガる独裁者
「多摩の年輪」368号(2020年12月)

 菅首相が「国民の政権への期待もそこそこにある」と述べた10月29日の衆院本会議答弁について、「国民の政権への期待もそこにある」と議事録を訂正した。無表情・無感情で原稿を朗読するのがこの首相の答弁の特徴だが、それが内容も考えずに読んでいるのであることが明らかになってしまった。7年8か月の安倍長期政権の官房長官として、「批判には当たりません」「承知していません」「まったく問題ありません」などの決まり文句を繰り返して「モリカケ桜」の疑惑を反らし、アベ゛悪政を推進してきた菅さんの本心がこの「読み違い」にこぼれ出たのではないのか? いよいよ権力の頂点に成り上がった菅さんは、就任早々から辺野古新基地建設、日本学術会議への人事介入など、アベ政権を凌ぐ強権的な独裁政治への野心をむき出しにしている。「私がめざす国の基本は、自助・共助・公助、そして絆」と称してコロナ対策・社会保障を犠牲にするGoToトラベル・経済対策に走り、「世界のCO2ゼロを主導する」と称して原発再稼働を推進し、「核保有国との懸け橋になる」と称して核兵器禁止条約を妨害し、「敵基地攻撃能力」保持と称して改憲・軍拡を準備するこの政権には、国民の口をしっかりとマスクで覆って静かにさせたい、国民に「政権へのそこそこの期待」を持たせたいとの「すがる思い」があるに違いない。うまく行くかどうかは西村経済再生大臣の言うように「神のみぞ知る」ところだが・・・
 

  (194) 「鬼滅」とは逆方向に「全集中」
「多摩の年輪」367号(2020年11月)

  「自助」の強調、コロナ対策より経済対策、「敵基地攻撃能力」保持や改憲案の検討開始、辺野古新基地建設ごり押し、日本学術会議への人事介入など、アベ政権を凌ぐ極悪・非道の動きを見せていた菅義偉政権は10月26日から始まった臨時国会でその姿を国民の前に現した。11月2日の衆院予算委員会の開幕早々に首相は大ヒット中の劇場版アニメ「鬼滅の刃」の決めゼリフに便乗して「『全集中の呼吸』で答弁させていただく」と受けを狙い、議場を一瞬シーンとさせたが、この「全集中」が「鬼滅」とは逆方向を向いていることがやがて明らかになった。衆参の予算委員会は11月6日、計4日間の日程を終えたのだが、野党が菅義偉首相との初の本格的な国会論戦に「日本学術会議」の任命拒否問題を主要テーマに据えて挑んだのに対し、首相は質問が核心に迫ると「人事に関することなのでお答えは差し控える」を連発。後ろに控えた官僚が手渡す答弁メモを繰り返し読み上げるだけの答弁は白々しく矛盾だらけで「支離滅裂」。首相の「受け狙い」に応えて「官僚の答弁ばっかり読まずに、全集中の呼吸で答えてくださいね」と訴えて質問に立った立憲民主の辻元清美副代表に対しても同様の態度の繰り返し。辻元氏は「鬼滅の刃」の黒幕の「全ての決定権は私にあり、私の言うことは絶対である」というセリフを持ち出し「こうならないようにくれぐれもご注意いただきたい」と皮肉を込めて質問を終えた。野党の質問責めにしばしば「答弁不能」「茫然自失」に追い込まれた首相の姿は閣僚席にまで苦笑いを拡げた。この窮状を救おうと自民党の伊吹文明元衆院議長が「『学問の自由』と言えば水戸黄門の印籠の下にひれ伏さなくてはいけないのか」(5日、派閥の会合で)と「学問の自由」攻撃を仕掛けたが、この発言そのものが菅首相を「印籠を突き付けられた悪代官」と認めていて面白い。今月はここを描いてみた。

(193) 仕事師のおじさん早くも馬脚見せ
「多摩の年輪」366号(2020年10月)

    9月16日に菅義偉(よしひで)新政権が発足した。「農家出身」「工場勤務からアルバイト学生を経て政治の道へ」「たたき上げの仕事師」などの菅キャラクターの売り込みが効を奏したのだろう、安倍政権が30%まで引き下げた内閣支持率を一瞬75%(読売)まで上昇させた。しかし菅氏は、モリ・カケ・桜・河合夫妻疑惑を安倍首相と一緒にごまかし、改憲・軍拡・社会保障破壊の暴走政治を先頭に立って進めてきた人物。いわば破綻したアベ政治の共犯者(実は主犯だとみることもできる)0が、その破綻を棚上げして、破綻したアベノミクスの全面的な継承・発展を宣言しているのだから、菅政権は、いわばアベ隠し・アベ共犯の政権に過ぎない。「国民のために働く政権」と大宣伝しているが、政権が国民のために働くのは憲法に定められている当たり前のことに過ぎない。首相になる前日に、自分が首相になったら「政府の方針に反対する官僚は異動してもらう」とテレビで官僚を恫喝した菅氏の政権が、いつまでも国民をだませるわけはないと思っていたが、何と国会もまだ開かず、施政方針演説も行なっていない内に、「自助」の強調と「GoToトラベル」の推進によるコロナ対策から撤退、「敵基地攻撃能力」の保持や改憲案の検討開始、沖縄辺野古の新基地建設のごり押し、日本学術会議への人事介入・言論抑圧など、アベ政権を凌ぐ極悪・非道の馬脚を見せ、内閣支持率も下落を始めた。今月はそこに目を付けて描いてみた。
 

  (192) 効くのかね?スカの心臓(晋三)マッサージ
「多摩の年輪」365号(2020年09月)

 コロナ禍に国民が重大な不安と困難に遭遇しているのに、通常国会閉会後2か月にわたって国民の前から姿を隠していた安倍首相が、8月28日、突然姿を現して「病気のため辞任」を宣言。アベノマスクと小中高校の臨時休校、補償抜きの自粛要請以外にはこれといったコロナ対策もなく、大軍拡のために憲法と社会保障を破壊し、2度にわたる消費税増税で日本経済を足元から停滞さた安倍首相は、7年8か月の長期記録を果たしたとたんに政権を投げ出したのだ。「いのちと経済」を天秤にかける新自由主義的な「GoToトラベル」で、コロナ危機をいっそう深刻化させている与党は、マスコミを巻き込んで「ポスト安倍」のお祭り騒ぎに興じている。派閥の力学で後継者は決めているのに総裁選を演じて、安倍政治が数知れぬ問題点を抱えて破綻したことを棚に上げるというゴマカシの祭りだ。ゴマカシに乗じて辞任した本人が次の政権に向かって「敵基地攻撃能力の保有、軍拡・改憲」を指示する「談話」まで出している。破綻し、本人さえやる気をなくした「アベノミクス」を「心臓(晋三)マッサージ」で蘇生させても、破綻したものは所詮破綻したものでしかない。何ができるというのだろうか?

(191) 改憲の執念だけで何処へ行く?
「多摩の年輪」364号(2020年08月)

   安倍首相が新型コロナウイルスの感染対策としてバラまいたのが「アベノマスク」。韓国が国防費を削ってコロナ対策に充てたのに比べ、あまりにもマト外れで貧弱で、安倍首相自身さえ8月にはそれを捨ててしまったほど不評だった。改憲・大軍拡のための福祉破壊というアベ・新自由主義政治が、コロナに対していかに無力であるか、防疫・防災には日ごろからの備えがいかに大切であるかが誰の目にも明らかになっている。相次ぐ豪雨災害での被災者の救援と復旧、猛暑とコロナ感染の再拡大への対策などが緊急の課題となっている。だから河野太郎防衛大臣の秋田・山口両県への弾道ミサイル迎撃システム「イージス・アショア」の配備断念には、軍事費を削ってコロナ対策に回す政策転換を期待したが、それは小野寺五典元防衛相らが8月に安倍晋三首相と菅義偉官房長官に「敵基地攻撃能力」の保有を提言するための「引き金」でしかなかった。安倍首相は、マスクのバラマキで「コロナ対策」を終えたことにして、国会の閉会中審査にも出席せず、正式な記者会見も開かず、国会と国民への説明責任を逃げ回りながら、改憲の意思を執拗に発信し、観光需要喚起策「GoToトラベル」の推進、核兵器禁止条約の批准拒否、「敵基地攻撃能力」の保有計画など、まさしく不要不急の改憲・大軍拡と福祉蹂躙に立ち戻ろうとしている。これらは結局、コロナ軍団に味方することになっているのではないか。
 

  (190) このふたり所詮は令和枯れすすき
「多摩の年輪」363号(2020年07月)

 アベノマスクの配布にいち早く踏み切った安倍首相、レインボーブリッジを赤く染めて「東京アラート」を強調した小池都知事、いずれも国民と都民に新型コロナ感染対策を「やっている」という感じを与えてお茶を濁そうとしたが、そんなことで国民・都民のいのちの危険はとうてい収まらなかった。吹き上がる要求に恐怖を覚えた安倍首相は国会の会期を、小池都知事は都知事選を、それぞれ口実にして、感染対策を投げ出した。この「やっている」感は国民・都民をあざむく効果を発揮し、地に落ちていた安倍内閣支持率を少しだけ回復させ、都知事選では366万人の都民が小池都知事に続投を許したが、アベノミクス、ユリノミクスが推進してきたウソと誤魔化し、市場原理と原発・軍拡神話を最優先して憲法蹂躙、医療・介護・ケア部門を含む社会のあらゆる分野で暮らしと福祉を踏みにじってきた新自由主義は、完全に破綻したことがコロナ禍で誰の目にも明らかになっている。国民・都民はやがて本当のことを理解する。それを知っている2人は「令和枯れすすき」をうたう他あるまい。

(189) コロナ期をどう生きるのか君たちは
「多摩の年輪」362号(2020年06月)

  検察官の定年延長に特例を設ける検察庁法改正案は、野党やネット世論の猛批判、元検事総長ら検察OBの意見書などに包まれて、この国会で成立断念に追い込まれた。検察OBの意見書は安倍首相の姿勢を「17世紀フランスのルイ14世が語ったとされる『朕は国家である』を彷彿とさせる」と指摘して痛烈な警鐘を鳴らした。今月は、ルイ14世よりも俗物的に「朕は国庫なり」とモリ・カケ・桜の疑惑を交わし続ける権力者と、これを取り巻いて破綻に直面している人びとに、いのちと暮らしを本当に大切にしなければならないコロナ期をどう生きるつもりかい、と問いかけることにした。
 

  (188) 自粛して「うちで踊ろう」今月も
「多摩の年輪」361号(2020年05月)

  深刻化するコロナ危機に対応できない新自由主義・アベノミクスの無力さが誰の目にも見えてきました。食料・エネルギー、医療・介護・社会保障の自給力と供給体制を、市場原理によって破壊し続けてきたことの結果です。安全・安心・防災対策や地球温暖化対策を棚上げし、経済成長と企業利益拡大を偏重してきた政治・経済の結果ともいえます。いま私たちは、コロナ危機から命と暮らしをまもるために、これらの結果を直視し、医療供給体制の抜本的強化、私たち自身の暮らしと労働、政治・経済・社会活動のあり方の洗い直しを迫られています。小中高校の臨時休校、不要不急の外出・事業の自粛など、感染防止に必要なことに暮らし・労働・経済・社会の総力を傾けてとりくまなければなりません。 安倍首相はコロナ対策として、国民に「自粛」を求めて「緊急事態宣言」を発令。「自粛」に耐えて生きようとネットでのコラボをよびかけたミュージシャン、星野源の「うちで踊ろう」に便乗して「外出自粛」を訴え「35万の『いいね!』をいただいた」とご満悦(菅義偉官房長官談)ですが、先の「一家にマスク2枚」と並んで大ひんしゅくを浴びています。そもそも安倍首相は、「自粛」を「補償」するなどとんでもない、憲法に「緊急事態条項」を設けて「強制」すれば良いと考えているわけで、この立場を「自粛」する気など毛頭持っていません。しかし、すでに無力と破綻が証明されている安倍政治の延命と不要不急の軍拡・憲法改悪を、コロナ危機に便乗して「火事場泥棒」のように押し通そうとしても、それは元来通用するものではないでしょう。

(187) 盗品は不要不急なモノばかり
「多摩の年輪」360号(2020年04月)

 安倍首相は4月7日、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、改正新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく初の「緊急事態宣言」を発令した。必要と判断すれば、住民への不要不急の外出の自粛要請や、施設の使用停止、イベントの開催制限の要請・指示などの措置をとることができるという宣言であり、それは住民に納得づくで行なわれる限りでは必要なものにちがいない。ところが、驚いたことに「宣言」を発令したその日の内に政府は、それが国民への強制力を持たない「限界」を不満として、衆院議院運営委員会で、憲法を改正して「緊急事態条項」を創設する構想を示した。国民には外出や営業・イベントの「自粛」を求めるが、それがもたらす損失への「補償」は拒否し続けている。「108兆円の緊急経済対策」を大宣伝するが、それは従来型の暮らしと社会保障破壊の経済政策を推進するものであって、個人や中小業者への給付金は6兆円、医療供給体制の整備には8千億円だけ。消費税の連続増税、暮らしと医療・社会保障の連続破壊で、大企業の利益の確保、大軍拡への武器バク買いを強行してきた従来型のアベノミクス・経済政策が、近年激発する自然災害やいまが盛りのコロナ禍に対してまったく無力であり、ことごとく「不要不急」のものであることが明らかになっている。安倍政権は、緊急事態を国難として喧伝し、これを打開するためには政府権限の絶対化と「憲法改悪」が必要と言うのだが、これは「不要不急」が証明された諸政策を、もりかけ・桜・カジノ疑惑ぐるみで、一気にごまかそうという、いわば「火事場泥棒」の論理。笑い飛ばす程度では済まされない。